新聞配達は真面目にこなしてた。
バイト初日から見ても明らかに筋肉が付き、体が引き締まった。
腕の太さは1.5倍くらいになった。
まあ成長期だったのもあるが、
見た目とが変わると人間心も変わるものだ。
あれだけ「人の心とかあるんか?こいつら」と思った社員の人達。
他のわりと年の近い先輩社員達とも、時間を共にすればするほど打ち解けあい、気付けばバイクのカスタム話や、大人の男が語る女性の話題で良く盛り上がっていた。朝3時に。
割と根気よく続くもんだから可愛がられたのだと思う。バイクを維持する!!乗り続ける!!その気持ちがあったから出来た。当時もそれほどにバイクにのめり込んでいた。
いつしか狂気の朝は毎朝こなすルーティーンにかわり、俺にとって、その場所はもはや単なるバイト先ではなかった。
なんて表現していいかよく分からないけど、初めて真剣に打ち込んでいる「部活」のような、なんとも楽しく、温かい居場所になっていたのだ。
それまでの俺はというと、
あんまり人と関わらずバイク一直線だった。ひたすらに走って、いじって、ぶっ壊す。を繰り返す。そんなガキンチョだった。
今思うと当時は不愛想だったと思う。
そんな俺を不真面目だが愛嬌のある先輩達はいつもかまってくれた。
彼らに認められたい、この輪の中に居続けたい。 そんな素直な帰属意識が、俺の真面目な働きぶりをさらに加速させていたのだと思うし、実際よくやってたと今の自分でも思う。
「楽しい。」これは理屈抜きに人を突き動かす原点だ。
バイトを始めて1年と半年が過ぎるころ、俺は高校を卒業し、はれて浪人生になったのだ。
なんせよ、高校は、わりとスムーズに卒業できた。
実際、高校の授業中は寝てばかりだったけど、俺が新聞配達をしている事を知っている先生達は何を勘違いしたのか知らないが、俺が寝てても起こさず、「あいつは早朝から大変なんだ。」「頑張ってるんだ!」と言って特に咎めなかったし、遅刻なんかも目をつむってくれたりした。
苦学生を演じてたわけでもないし、実際はただバイクのために働いていただけだし、そもそもバイトもバイクも禁止の学校だったはずだが、当時の中の下の高校の空気感なんてそんなものだった。ちなみに高校を出たので配達も千鳥号からプレスカブに昇格した。おかげで配達部数も増え給料も6万から8万にあがった。
無事に大人の階段を登り始めた俺であったのだが、この頃になるとバイト先の年の近い先輩社員(U君とSさん)が色々な遊びに誘ってくるようになった。
深夜のカラオケ 真夜中の首都高ドライブ、知らない女性がいる会食・・・
18歳。それは「もう子供ではない」というレッテルを貼られ、9割は自分で考えて行動することを許される年齢。 そんな解放感に満ちた俺の目の前に、U君がピエロを差し出してきた。
それが、
人生の沼――
「スロット」との出会いである。
ある日、バイトが終わり、ひと眠りし終えた頃、U君に呼び出され、言われるがまま連れられてやってきたのは駅前のパチンコ屋。
幼少期にじいちゃんに連れてこられたような・・・ボヤケた記憶がある。
(なんせ20数年前、、記憶があいまいなのはご容赦ください・・・)
今では考えられないが、当時は子供を連れての入店が可能だった。思い出を懐かしむ暇もなく扉が開くと押し寄せる白くボヤケた空気。そしてタバコの匂い。
「・・・あ、ああっ・・いつも先輩たちの服から漂う臭いと同じだ。」直感的にそんな事を思った。
U君の「オイ!!荒波っ!!」という声でふと我に返る。
U君 「お前ここ座れ!!・・・ココっ!! おいっ!!」
俺 「!?・・・なんですか!?えっ?」
「ジャラ!ジャラ!ジャラ!キンキンッ!!」
という爆音と光が同時に押し寄せる。
U君が何言ってるかよく聞こえないし、タバコの煙で目がシバシバする。爆音の「軍艦マーチ」にのせて店員がマイクでなんかしゃべってる。はっきり聞き取れるようなしゃべり方じゃない。独特のがなりり声。何番台がどうのこうの言ってた記憶がある。
訳も分からず促されるままに、俺は一台の機械の前に腰を下ろした。
赤っぽいようなピンク色の台で
両手を広げたちょっと不気味なピエロのキャラが描かれてた。
「いいか荒波、この『ジャグラー』って台が一番分かりやすいんだ。ここが光れば当たり。簡単だろ?誰でも打てる!やってみろ!」
この時、U君が妙にニヤニヤしてた記憶がある。
U君は慣れた手つきで、自分の台のサンドに千円札を流し込む。両替機のような機械だ。
俺も財布から千円札を抜き取りU君と同じくサンドというやつに千円札をくべた。
同時に50枚のメダルがジャラっと排出される。店名が刻印されたメダルだ。要するにこの店での20円玉だ。
「おい!!3枚だっ!!」
「いいか、3枚入れてレバーを叩く。そしたらこのボタンを左から押せ!そんでこの GOGO ってのが光るから光ったら教えろ!いいな!?その台絶対光るよ!」
何てことを言ってた。
隣に座ってんだしそんな大きな声でい言わなくても聞こるよ・・・と思いながらU君と同じ動作を繰り返す。
ブドウ図柄が並びクレジットの数値が増えたり減ったりして結局「0」になって千円札がのまれた。あっという間だった。大人達の熱狂も何もわからないまま5分ちょっとの出来事だった。
なんだこんなものか、、、正直な感想は1000円で5分のゲーム。
これが初めてのスロット・「ジャグラー」との出会いだった。
釈然としない空気の中、U君に目をやると追加の千円札をくべている。あの時の俺の手持ちは5000円位だったと思う。ちなみにさっき1000円使ったから残り4000円。
このまま先に帰るというのもなーと思い2枚目の投資を考えてたら「ほらよ使え!」とU君が千円札を3枚よこした。
さすが大人の男だ。お金の出どころは首からかけた集金カバンだ。
3000円をそのまま持って帰るのはさすがに無しだよね・・・なんて思いながら「えっ、いいんすか?」と遠慮なくもらいうけ、先ほどと同じようにサンドにくべる俺。
貰った千円札3枚が尽きかけた時、告知ランプが灯っていた事に気付く。
怪しい紫ピンクの光だ。
「・・・U君、これ、、なんか点いてたっす!」隣の席のU君に報告すると、「よしっ!!」て褒められて慣れた後、慣れた手つきで「7」「7」「BAR」(レギュラーボーナス)をそろえた。
「後は適当に左から押せ!」
メダルの吐き出し音と共に薄っすら下皿にメダルが積もり、レギュラーボーナスが終了した。特に嬉しさもなく下皿の約100枚からまた淡々とメダル3枚を拾いあげ投入しレバーを叩く。今度はわりと直ぐだったと思う。また同じように光ってるGOGOランプに気付く。また報告する。
今度のU君は左・中・と「7」をリーチさせ俺にこう言った。「一番右のリールに黒と赤の塊が見えたら右ボタンを押せ!ほれ、やってみろ!」
初めてでも何となく黒い塊は見える。
タイミングを合わせボタンを押した瞬間今となってはオキマリの「電子音のファンファーレ」がなった。」「7」「7」「BAR」とは違うそのファンファーレに最初は「ビクッ」としたが、レギュラーボーナスの3倍近い出玉(枚数)にさらに焦った。レギュラーボーナスの余りと今回のボーナスで下皿の1/3ほどをメダルが埋め尽くし、それはおわった。
U君は嬉しそうに俺の方を向き、俺も訳が分からずニコニコしてたと思う。
「もうちょっと回してみな、このメダル分くらい。」といってU君は俺の台の下皿に手を入れメダルを振り分けた。
振り分けた、120回転回るかどうかくらいのメダルの量。多分当時からかなりU君やり込んでたのかなと思った。完全オカルトだが、ジャグラーの連チャンは120回転前後で繰り返すことがのちの経験上多かった。
はっきりと覚えていないが、
この後もう一度BIGを引いて一握りのませたところで止めたきおくがある。
同じころU君は2枚ほど俺の下皿からメダルを取り、自分の台に入れ3枚掛けにしてラストの1回転を回して遊戯を終えた。
ドル箱という箱にメダルを突っ込み、計量。当時7枚交換。
これ、ホントに数えてんのか?なんて店員の作業を見つめていた。
怪しく灯る、★GOGO ランプ
この意味を知るのは店の敷地を出た時だ。入店から1時間弱位か・・・
謎の小窓から出される千円札9枚。(今改めて思うと、千円札で渡してくるのが時代だ)
4000円使ったから利益は5000円だ。思い返すと、ビギナーズラックとしてはいささか少ないような気もする。
だがこの時、俺が手にしたのは5000円の利益ではない。 この調子で毎日光らせれば「早起きしてペダルを漕ぐ必要がなくなるじゃん」という、劇薬のような価値観の書き換えであった。 それは、今までの俺の人生に、二度と消えない影を落とす始まりだった。
39度の熱で自転車を漕いで稼ぐ日当。それをたった一時間、座ってレバーを叩くだけで超えてしまった。 「なんだ、こっちの方が早いじゃん」 そう思った瞬間、俺という人間の『基本設計』が狂った。
いまだに俺は、あの小窓から受け取った9枚の千円札の感触を忘れられないまま、同じ場所をぐるぐる回っている。 整備士のくせに、自分の人生の不具合だけは、あの日からずっと直せないままだ。
※これは、荒波(仮名)がパチスロという沼からの脱却を目指し、投資という新たな戦場へ向かい、人生を豊かにするためにもがく――。その軌跡を綴った、ほぼほぼ真実の記録と回想、そしてこれからである。
当サイトではパチスロ・投資どちらも推奨はしていませんし、全くもって否定もしていません。
当方、荒波はパチプロでもないし、投資のプロでもございません。


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