【第九話】焼けたCPUは悩める贅沢に気付く。

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19歳の、あの冬。 俺の精魂は、尽き果てていた。 口座残高は、わずか30,000円程度。

目の前には、人生を左右する「お受験」が迫っている。 だが、俺の周りに勉強を教えてくれる奴なんて一人もいない。無気力なまま、山川の『政治・経済用語集』をひたすら眺める日々。だが、活字を目で追っても、脳内を支配しているのは「ダンダンダンッ!」と音を立てて踊る、ジャックとクイーンとキングの絵柄だけだ。

「打ちたい」し、「受かりたい」。 時期が来れば、否応なしに結果というレバーは叩かれリールは回る。だが、今歩んでいる真っ暗なトンネルの先に、どんな出口があるのかさえ分からない。時間は、決して戻せない。

俺の人生、詰んっだぽい。

1月の厳かな空気の中、俺は自問自答していた。

「一体、今の俺は何を持っているんだ?」

去年の年末年始は、週刊少年ジャンプほどもある分厚い新聞を、何も考えずポストにぶち込むことに精一杯だった。それから解放された、19歳の年始。俺はかつてないほど、自分と向き合い、自分の「持ち駒」を数えた。

今、俺にあるのは、

親からもらったポンコツCPUを積んだ「五体満足の身体」

わずか「30,000円」の残金。

そして、一台の「バイク」

ポンコツと、3万円と、バイク。

3万円あれば、ガソリンは約300リッターは入る。

リッター15km計算走るとして、4,500kmは移動できる計算だ。

俺はとりあえず、バイクに跨った。

行く当てもなく、ひたすらダラダラと走る。

1月の風は、殺意を感じるほどクソ寒かった。立ち寄ったコンビニ。かじかんだ手で握る甘酒。湯気の向こうで、自分のポンコツな「なりゆき」を考えた。

でも、考えれば考えるほど、脳内では「ダンダンダンッ!」とリールが回る。

「あぁ、やっぱ焼かれてるな、俺の脳みそ」

物思いにふけり、再びバイクにまたがった。

その瞬間、

ふと正月にテレビで見た戦国時代の映画の立ち回りを思い出した。

世間ではよく「受験戦争」なんて言うけれど、あの時代の合戦は文字通り命の奪い合いだよな。刀を振り回して敵兵が飛びかかってくる。生きるか、死ぬか。そこにあるのは、思考の余地もない剥き出しの生存本能だけだ。

それに比べて、今の俺はどうだ?

「明日の飯はどうしよう・・・」とか、「帰ったらどの教科から手をつけようかな・・・」とか、「あの人は今何してるかな・・・」とか。

……悩めるって、実はめちゃくちゃ贅沢なことなんじゃないか?

だってさ、生きていく「選択肢」があるからこそ、人は悩めるわけだ。戦国時代の戦場に放り込まれたら、好きな女のことなんて考えて悩む暇もないはずだ。

「悩める場所にいる。それだけで、俺はまだマシな設定にいるんじゃね?」 俺のポンコツCPUが、正月の映画と1月の寒風を感じつつ、そんな答えをはじき出した。

そしたらさ、急にバイクを走らせるのが楽しくなったんだ。 あの、いい天気の下で、好きな峠を気持ちよく駆け抜ける感覚。俺はこんなに素晴らしい乗り物を持っているのに、なぜこんなに塞ぎ込んでいるんだ? 「てか、受験に失敗したところで、命を取られるわけじゃないだろ?」

そうある意味で開き直った時、目の前の霧が、ほんの少しだけ薄くなった気がした。

そこからだ。俺がようやく、本腰を入れて勉強に向き合い始めたのは。 もう遅すぎるのは分かっている。 それでも、行き詰まったらあの日の寒風を思い出し、再びバイクに乗る。 自分の「持ち駒」で、最後までレバーを叩き続けるためにも。

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