【拾六話】誠実とクズのはざまで「左!中!右!」

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大学生活は、バイトとバイクとの往復で過ぎていくはずだった。新聞配達で稼いだ金でガソリンを入れ、ホールの台をブッ叩く。それが俺の日常のすべてだった。 だが、二年の時に起きたバイク事故が、その単調なリズムを叩き潰した。別に大きな事故でもなく、大したケガはしなかったが、何となく大学へ向かう足が止まった。一度切れた糸は、なかなか繋がらない。

気づけば俺は「留年」という暗い淵に立っていた。

周りの奴らが「将来」というレールを走り抜けていく中、俺だけが取り残され、出口のないもやもやとした霧の中にいた。

やり場のない感情をぶつけられる場所は、結局、ホールの椅子しかなかった。 実際にはお馴染みのただの現実逃避だ。でも、あのレバーを叩く瞬間だけは、自分が人生の主導権を握っているような錯覚に浸れた。大学に行けない自分、留年しそうな自分。そんな「設定1」の現実に背を向け、不安から逃げ出していた。 この時、必死にレバーを叩きながら追い求めていたのは、金じゃない。「俺はまだ死んでいない」という証明だったんだ。

そしてこの年、俺は予定通り「留年」した。

しかし、事故で一度は止まった足を、再び大学へと動かしてくれたのもまた、バイクだった。この時期、バイクを通じ大学内で仲間が出来たのだ。

「自分の好きな物が・大切な物が、自分を救ってくれた。」

やがてそれはサークルという形で機能していく。


この時の仲間は今でも一緒に走る。


そんなバイク仲間の支えもあり、なんとか大学を卒業した。

この時俺はすでに24歳になっていた。それなのに俺は就活なんてしたことないしこの時、卒業後の進路は何にも決まっていなかった。

俺は新聞配達とバイク屋の「磨き」のバイトを掛け持ちを続け、その年の夏、バイク屋に見習いとして就職した。

そこは、昭和の理不尽を煮詰めたような場所だった。朝から晩まで油にまみれ、技術も何もない俺は、社長に首根っこを掴まれて日々どやされ、先輩からは文字通りぶっ飛ばされた。 「辞めちまえ!」「お前みたいなトロい奴、バイク触る資格もねえ!」 怒号が響く中で俺は、「ここで手を離したら、俺という人間は一生、何者にもなれない」と思い踏ん張った。

プロ根性なんて立派なもんじゃない。意地と固執と俺のドMな性格を武器に。

 

ここで盗んだ技術だけは、誰にも奪われない俺だけの財産になる。金は使えば減る。身に着けた技術は使えば金になる!!

そう確信していたから、バイク屋という場所にしがみついていた。

そんな泥を啜る下積みを経て、ようやく仕事が形になり始めた頃に出会ったのが、後に妻となる女性だった。

バイクを通じて知り合った彼女は、最高だった。

世間は「パチンカス夫婦」と笑うかもしれない。だが、二人並んでスロットを打ち、同じ演出に一喜一憂する時間は、俺にとって何物にも代えがたい救いだった。休日には二台のバイクで風を切って走り、温泉につかり、うまい飯と酒を飲む。純粋に楽しい時間だった。

そんな彼女は間違いなく、当時俺の最良のパートナーだった。

しかし、その幸福の絶頂で、俺たちは巨大な「闇」に飲み込まれた。

「子供ができない」

結婚3年目から始めた不妊治療。これは7年間続いた。

出口も正解もない地獄の行軍だった。

はっきり言って言葉にするのも思い出すのも辛いしネタとしての提供はしたくない。本当に苦しいんだ・・・。

毎度毎回、期待しては裏切られ、検査の結果が出るたびに、二人で言葉を失い、涙を流した。

病院帰り道、少しでも元気づけようと人気のラーメン店に何度か行ったが、食べたラーメンの味なんて全く覚えていない。

家に帰ればリビングにはテレビの音だけが空虚に響き、彼女は俯いたままテーブルの端をじっと見つめている。

何て声をかければいい?「次は大丈夫だ」なんて、年間三桁の金を溶かしてまだ結果が出ない男が言える言葉じゃないし、俺以上に辛いのは彼女だ。こんな時男は割と無力だ。そばにいて支える事しかできない。しかし心も体も月日と共に乾き、そしてすり減る。

何をどうしても将来への不安は一ミリも取れなかった。

そして、金だ。

「治療費」・・・ 年間で三桁単位の金が、家計から音も立てずに消えていった。

かつて新聞配達で稼いだあの金。

パチスロで熱くなって突っ込んだあの札束。

それらがすべて「小銭」に見えるほど、現実は容赦なく、俺たちの精神と糧を食いつぶしていった。パチスロで負ける金額とは、まるで比較にならない。当時彼女も正社員で働いてはいたが高額な医療費によって生活は本当に苦しかった。


「何か大事なものを手に入れるために、何か大事なものを差し出さなきゃいけない


その究極の選択を、俺は迫られた。

俺はついに、自分の半身とも言える愛車(バイク)を売った。

この時に俺の心は完全に「無」になった。愛車を売った金は、一円の狂いもなくすべて治療費に充てた。それは、この時俺にできる残された最後の、そして唯一の「誠実さ」だった。

だが、その自身の誠実さが、俺をさらに追い詰めた。

ガレージに残された空白のそれは、俺の心に開いた穴そのものだった。バイク屋の整備士として、客のバイクを「いじり」ながら、一番いじってあげたい自分の愛車はもう手元にない。

「他人の資産を輝かせながら、自分の人生を切り売りして食い繋ぐ不条理」

「ここまでしても、まだ足りないのか・・・」

「俺の大切なものを差し出しても、世界は何も返してくれない」

これが現実なのだ。

大切な物を守ろうとして、大切な物を諦めた俺。 そのやるせなさに耐えきれなくなった時、俺の足は吸い寄せられるようにホールの自動ドアをくぐっていた。手元にあるのは、小遣いをやりくりし、仲間内のバイクを修理して稼いだ小銭、文字通り油にまみれた数万円。

誠実な夫を演じれば演じるほど、俺の中の「クズ」が悲鳴を上げる。クズを演じて笑いに変えなければ自分自身が維持できない。このループにいた。

このどうにもならない精神状態の中、かつての盟友「W荒波」からの連絡がきた。


「W荒波」とは年に数回だが旅行や飲みやスロットなど遊びに行っていた。彼もまたイカレタ受験を乗り越え一年先に社会に出ていた。


「久しぶりに地元のホールに行こうぜ!!」何気ない誘いだった。

俺は塞込む自分を悟られないように意気揚々とホールの扉を開いた。

「よっ!久しぶりじゃん!!半年ぶりくらいか?」

なんてお互いに言い合い、俺はオオハナに座ったり、ジャグラーに座ったりを繰り返した。

手持ちが半分を切った所で「W荒波」に呼ばれ「コレやれよ!」と言われておとなしく隣に座った。

サクラ大戦3(ART機)だ。


俺は昔、ART機種は毛嫌いしていた。自分の目押しで711枚をもぎ取る「大花火」などに比べ、台に「打たされている」だけのART機なんて、技術もクソもない、ただの薄ら寒い「延命措置」にしか見えなかった。 「あんなの、スロットじゃねえ」。当時そう吐き捨てていた。


訳も分からず1000円を投入。教えられた図柄を狙いDDT。

「ピロリロリーーーーッ」

ほんの数ゲーム回した時だった。

周りにいた客もこちらを注視している。

「何が起こった??!」

あっけにとられていると、隣の「W荒波」が目を丸くしてこちらを見ている。

「おい!!マジか!!???とんでもね~もの引いたな!おい!」

「W荒波」の興奮が俺には全く理解できなかった。

「とにかく教えるから台のナビの通りに打て!!間違えるなよ!」

と言われ、液晶に映し出される順番通りに停止ボタンを押した。

それは30分たっても終わらない、、1時間、、1時間半と・・・その間にちょろ、ちょろと、メダルが下皿を埋めていく気付けば箱をいくつか積んでいる。 これがART(アシストリプレイタイム)」という仕組みか・・・。 液晶に表示される「左・中・右」という単純なナビ。それに従うだけで、計算通りにメダルが増えていく。

「あぁ……なんだよこれ??」

現実の不妊治療にはナビなんてない。どれだけ金を積み、どれだけ彼女が痛みに耐えても、次に「正解」が出る保証はどこにもない。だが、この台は違う。決められた手順でボタンを押す。それだけで、右肩上がりの線が描かれていく。 この単純な計算式に、俺の塞込んでループしている回路は焼き切れるほどの衝撃を受けた。

「この『線』を『終わらない線』にできれば、俺の人生は捲れるんじゃないか?」なんてまた訳の分からない事を思ったりした。

パチスロという小さな箱の中の「偽物の永遠」は10時に開店し22時半には閉店する。しかしそれを現実の世界で再現できるんじゃないかという、あまりにも短絡的で強烈な「勘違いのプログラム」が書き込まれた。

「これだ。これこそが、俺の求めていた正解だ」

「パチスロが終わるなら、終わらないパチスロを外の世界で作ればいい」

この時、もがき苦しんでいた俺はまだ知らない。 この最大にして最悪の「誤解答」から始まる泥沼の戦い。その「もがき」そのものが、いつか自分の資産となる時が来るなんてことを。

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