整備士の世界では「期待値」という言葉を過信しない。 「新品の部品なら10万キロ持つ」という期待値があっても、過酷な状況下では1万で壊れることもある。理論値はあくまで理論値であり、目の前の現実こそがすべてだ。
18歳の俺のCPUは、その「期待値」というものに、致命的なバグを起こし始めていた。
夏が終わりかけの頃、俺は正式に予備校を辞めた。 親には本当に申し訳ないことをしたと、今でも胸が痛む。
繁華街の真ん中にあったあの予備校は、当時の俺にとって学びの場というより、誘惑でしかなかった。
この時得た教訓だが、人間は環境にとても影響されるという事だ。意思の問題ももちろんあるが、誘惑は少ないにこしたことはない。自分を律する為にも誘惑のある所に身をおかないという選択肢は非常に重要だという事だ。
「これからは心を入れ替えて、毎日図書館に通う」
そう自分に誓いをたて、朝10時から夕方5時まで図書館の机に向かった。周囲には同じように自分たちのチカラで道を切り開こうとする者たちが黙々と何かを成し遂げようとしていて、聞こえるのは本をめくる音と、鉛筆が筆跡をなぞる「カツカツ」という音だけだ。その静寂の中に響く独特の音が俺を「受験生」という認識に戻してくれた。
9月上旬。そこに浪人仲間の同級生が加わった。こいつとは腐れ縁だ。中・高・共に同じ学校で、名字が同じという感じだ。つまり「W荒波」だ。
こいつは学校の教室では常に俺の前の席にいた。名前の順で席が決まる為、同じクラスになると俺の目の前には必ず見慣れた後頭部がある。
性格は全く違うが専攻は二人とも文系。一緒に勉強をするようになり互いに問題を出し合ったり、英単語を確認したりした。一見すると、合格への道筋が正常に稼働したかのように見えた。
……はずだった。
しかし皮肉なことに、その同級生もまた、高校出て生後半年のパチンカスだったのだ。
みなさんの予想通りだ。こんなのもう悪い方向へしか作用しない。
「ちょっと休憩しようか!」
その一言が、図書館から抜け出しホールへ移動の合図だった。図書館の自販機前はいつものホールの作戦スペースになり果てていた。
はじめのうちは朝10時に図書館で待ち合わせをし、閉館までしっかり勉強していた。だが二ヶ月もしないうちに二人の勉強会は正常に稼働しなくなってしまった。
いつしか、どちらからともなく席を立ち、受験まで4ヶ月を切った時、焦燥感を打ち消すように、俺たちは午前10時に待ち合わせして午後2時前には「フィーバークィーン」か「ジャグラー」の前に座っていた。
パチンコはパチンコで純粋に面白かった。
フィーバークイーンの、あの「クィーン」のドラムが回る音「ダンッダンッ・・ダン」とリーチがかかった時の高揚感。テンションが上がり、リキんでしまい台を叩いて店員に何度か怒られた。
俺のポンコツCPUは、きっちりみっちりパチンカスのエッセンスも吸収していった。「期待値とデータを積んでいるんだから、これも投資だな。頭に知識を詰め込むのと同じだ!!」 とか「二人の荒波」は訳の分からない事を言いあいながらケタケタ笑って千円札をくべる。この瞬間はなんだかんだで幸せだった。
新聞配達を辞めた俺には、もはや安定した給料はない。だが、軍資金がなければ「勝率2割の永久機関」もただの空論だ。この時俺は、「バイト情報誌には載らないような独自の単発バイト」を編み出していた。
お世話になっている先輩の車やバイクを磨き上げる洗車代行がそれだ。これは結構お金になった。新聞屋の先輩関係がかわいがってくれて、いいお小遣いをくれた。ただし、先輩たちの車両を触るのはメチャメチャ緊張した。それこそ全集中である。万が一でも傷を付けたらと考えると指先が震えた。
その他にも新聞屋の先輩・U君の実家のお店が忙しい時に裏方として手伝いに入る。深夜の仕事だったのでこれも割とおいしかった。
そんな、人の縁を辿った泥臭い仕事で、俺はその日その日の「投資の素」を工面していた。
「稼働」の目的が完全にすり替わっている自覚はあったが、
カバンの中の参考書は、唯一自分が受験生であることを認識させる。図書館にはほぼ毎日行っていたが、たいして勉強はしていなかった。しかし、ずっしりと重い参考書があることで勉強会の帰り道だという言い訳が自分にできたのである。
しかし、心のどこかで親への申し訳なさは常にあった。だが、同時に、同級生とつるむ安心感、そして「フィーバークィーン」のドラムが奏でる「ドラムの回転音」が、脳内でずっと鳴り止まないんだ。
当時、先輩の車を必死に磨いて稼いだ金が、パチンコ台のドラムが数回まわる間に消える。
「これも一種の勉強だよな」
W荒波とそう笑い合っていれば、それでよかった。
まともな道じゃないのは分かってたけど、別にどうでもよかった。 だって俺たちは明日もまた、10時に待ち合わせをしてホールのドアを開ける。
あの時の俺たちにとっては、それが何よりも「正しい過ごし方」だった。


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