自動ドアが開く。鼻を焼くヤニの臭いと、鼓膜をぶち抜く爆音。
自分を律する物が無くなった瞬間、俺は再びホールを頻繁に訪れるようになった。
バイト先から3分のお店のイベントで目の前にぶら下げられた、一枚の紙切れ。 「BIG180回でMAX機 設定6確定」
確か180個だったと思う。記憶が曖昧ですまん。
今の俺なら、店側の回収シミュレーションを即座に見抜き、鼻で笑うような数字だ。だが、当時の俺たちの目には、それが人生を逆転させる「聖典」に見えていた。
バイト先の仲間たちは大騒ぎ!「6が打てるって!!ヤバいでしょ!!」話題はもちきり。例にもれず俺も「6」という設定にテンションを振り切っていた。
「これは、投資なんだよ」
本気で、一点の曇りもなくそう信じていた。 新聞配達で凍えながら稼いだ諭吉をサンドにぶち込むのは、未来の勝利を買うための正当な支払い。スタンプという判子一つ一つが、着実に積み上がる「資産」のように思えた。 踊らされている? 冗談じゃない。俺たちは「攻略」しているんだ。店側が用意した最短ルートを、自分たちの足で走っている――そんな無知ゆえの全能感に満たされていた。
それからというもの、打ちたい『大花火』を我慢して、BIG確率が軽い『ジャグラー』など比較的効率よくボーナスが引ける台のシマにバイト連中と陣取る。本来の目的である「楽しむこと」を捨て、ただ「効率」という名の鎖に繋がれてレバーを叩く。
「今日はジャグラーで3個稼いだ」「俺は花火で5個だ」 仲間同士の会話は、まるで一流投資家の情報交換のような熱を帯びていたが、その実態は、店側の稼働を支える都合のいい「養分育成」でしかなかった。
しかし、バイト先の仲間達は意外に上手に立ち回っていた。
ボーナスを引きやすい台選択、当たりやすい回転数の調査。台の見切り、ハイエナ・・・「6を打つ!!」という執念が割と少ない投資金額でボーナスを積み重ねていった。この立ち回り方でスロット打っていたらほぼ負けないような収支を叩き出していた。
俺はマイナスだったけど・・・これの原因としては台をうまく捨てることが出来なかったのが原因としてある。スタンプが目的でその台を打っているのに欲が出て深追いが多かった。
みんな、何とか朝刊を配り終えたフラフラの身体、焦点の合わない目でGOGOランプを凝視する。 実際に設定6を打ってドル箱を積み上げる奴を見れば、「次は俺の番だ」とさらに血眼になった。俺自身も空手部で失神しても耐え抜いたあの執念が、今度はスロット台の前で暴走し、俺を椅子に縛り付けるのである。
一万円札が吸い込まれ、ガチャンと判子が押される。 その音が、未来を切り拓く確定音のように聞こえていた。
そしてついに、180個目のスタンプが、真っ黒に汚れた指で持ったカードの最後を埋めた。
「……やっと、届いたな」
自分が「投資家モドキ」として掌(てのひら)で踊らされていることすら気づかないまま、俺はついに約束された果実を掴み取った。
「投資」という言葉の本当の重みも、リスクの意味も知らないまま、俺は明日、約束の設定6に座る。 あの頃の俺と、未だにパチスロという業(ごう)から抜け出せていない今の俺。 その対比の始まりが、この一枚のカードに刻まれていた。
目の前の期待値よりも、カードの余白を埋めることに必死だった。 180個のスタンプは、俺の時間を、健康を、そしてなけなしの金を吸い取った結晶だ。
「設定6確定」 その文字が、どんな特効薬よりも俺の疲れを吹き飛ばした。
踊らされ上手この上なしである。


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